幼稚園、保育園の制服は何枚いるか悩む人へ

母親から価値観を押し付けられ束縛されて育った私の経験

私は母親からいろいろなことを束縛されてきました。

  • 束縛されているのではないか
  • 母親に価値観を押し付けられているのではないか

ということは、薄々気が付いていました。

しかし、そのことをはっきりと自覚できたのは、最近になってからでした。

この記事では母親から束縛されてきた私の経験についてまとめました

目次

母親の価値観は人と同じものが嫌というもの

私の母親がよしとする価値観は「人と違っているものが良い、みんなと同じだなんてつまらない」というものでした。

母親自身に関するものに対して、その価値観を持つのは構いませんが、私に対しても「人と違っているものが良い」という価値観で育てられてきました。

小さい頃からそのような価値観の母親に育てられた私は、「人と同じものではなく、人と違ったものでなければならない」と自然と刷り込まれていました。

持ち物や服装は人と違うのが良い

子どもの頃を思い返すと、自分の意見というものは認められませんでした。

服を買いに行くとします。
私の服なのですが、母親が好きなものを選んでいきます。私が「これがいい」と希望を伝えても、その服が母親のお眼鏡に適わなければ

「それじゃなくて、こっちがいいわよ」

と全て却下されます。

大きくなってからは、多少抗議をすることを覚えたのですが、抗議したところで否定されておしまいです。

私の母は否定する人です。そのことについて書いた記事はこちらです。

ランドセルも母の好み

具体例を挙げるときりがありません。

文房具はわりと好きに選ばせてもらえたのですが、衣服やカバンなどは全てが母親の好みの物でした。

ランドセルは私の希望でないピンク色

今となっては、ピンクや水色、紫色など実に様々なランドセルが当たり前になりました。

しかし、私が小学生だった頃は女の子のランドセルに赤以外にピンク色が出始めた頃です。

売り場に所狭しと並んでいるピンク色を楽しそうに眺める母親。

私は赤色がほしいと言いました。

しかし、母親に「そんなのつまらない。ピンクがかわいいわよ」

と母の一声で強制的にピンク色になったのです。父も一緒にいましたが、父は母の言いなりなので、意見なんて何も言いません。

私は赤が欲しいのにピンク色がかわいいのかな?と思いながらも親に買ってもらうのですから反対できません。

もちろんピンク色なんて、学年に1人でした。学年どころか、学校中で私1人だったと思います。

みんなが赤なのに、一人だけピンク色ということでいじめられた時期もありました。

自分で選んだピンクならまだしも、母の価値観で押し付けられたピンク色のランドセルでいじめられる。
本当につらかった。

勝手に作られた着物

母親と同様に母方の祖母も同じ価値観を持っています。親なのですから当たり前ですよね。

その祖母が成人式にあたって着物を作ってくれました。

その着物は振袖ではなく、小振袖で布地は勝手に決められたものでした。

まず母の時に作った振袖があるという理由に加えて、普通の振袖だとつまらないので、小振袖。

小振袖とは振袖よりも袖の長さが短い着物です。

さらに、布地は私に何の希望も聞かずに、勝手に決められていました
懇意にしているお店があるということで、そのお店で祖母が勝手に選んできたのです。

作ってくれたのは嬉しいのですが、勝手に決められるなんてひどいですよね。

そういえば高校時代に祖母が浴衣を作ってくれたのですが、その浴衣も勝手に決められていました。

緑が好きなのか浴衣も小振袖も緑。色も柄も全く好みではありません。

私は抗議の意味を込めて、成人式にその小振袖は着ませんでした。

本当はレンタルして自分好みのものを選びたかったのですが、

「昔の古い私の振袖を着たら人と違って目立つわよ!せっかくいい振袖があるのにレンタルするんだなんてありえない」と母親に言われ、母親の振袖を着たのでした。

また、私は白いふわふわのショールを付けたかったのですが、「みんながしているのをわざわざすることはない、白いふわふわはみっともない」と言って、これまた勝手に用意された着物のような布地の和柄なショールを付けさせられました。

その当時は母親の言うことが絶対で正しいという思い込みがあり、自分のお金でレンタルするとは思いもつきませんでした。今思うと、母親の価値観に洗脳されていたのでしょう。

作ってくれた小振袖を成人式に着なかったことで、母と祖母はかなり残念がりました。まだ母の振袖を着たという点は認めてくれたのですが…

成人式が終わってから、友人たちと撮った写真を見せたのですが、「やっぱり今どきの着物はだめだわ」と否定しかしない二人を見て、心からドン引きしました。

私の友人の着物を否定することは、私の友人のことを否定しているとも分からないのでしょう。

自分達の価値観が正しくて、その他はだめという、なんて排他的な思想だろうと心底嫌気がさしました。

人生に一度の成人式。やり直せるものならやり直したい。

ちなみに小振袖は母と祖母の強い希望によって、大学の卒業式に着ました。

二人は着物が目立つように、かつ人と違ってよいということを示すために袴を着る必要はないと主張しました。

しかし、私はどうしても袴が着たかった。

みんなは自分で選んだ着物と袴を着るのに、どうして私は勝手に選んで作られた小振袖だけを着なければならないのかという思いから、自分のお金で袴をレンタルしました。

着物もセットでレンタルしようかとも思いましたが、勝手に選ばれた布地とはいえ1回も着ないのはさすがにどうかなぁとも思ったので、着物は小振袖にしました。今思うと、着物もレンタルして好きなものを着ればよかった。

後日、卒業式の写真を見せた時も、

  • いかに私の着物が素晴らしいか
  • レンタルの着物は安っぽくてだめ
  • 本当は袴をつけずに着たら着物の柄が目立って良かったのに、どうして袴をつけたのか

と、ねちねち言われ、本当に心から軽蔑しました。

これはほんの一例

ランドセルに着物と大きなエピソードを記載しましたが、日常的な服や持ち物は全て母の価値観によってきめられてきました。

中学生くらいからは友達と服を見に行くようになり、その時に買うことも増えたのですが、自分で買える服はたかがしれています。(主に金銭面で)

このように、大学生になって一人暮らしを始めるまでは、私の日常生活はかなり束縛されていました。

大学で思い出したのですが、入学式に着るスーツも私の希望でなく、母の希望で決められたなぁと。

スカートの後ろ部分にひらひらとした加工が付いていて、普通にはないデザインのもの。

こんな変なスカートなんて嫌だと思いながらも、自分では買えないので、我慢しましたが本当はすごく嫌だった。

最後に

このようにして文字に起こしながら、昔を振り返ると、母親の価値観に押し付けられてきた人生だったのだなぁと涙が出てきます。

もっと早く気が付くことができたら、母からの束縛にめげずにいられたら…と思ってしまいますが、過ぎてしまった時間は戻りません。

時間はかかってしまいましたが、気が付くことができて良かったと思うことにしました。

私には子どもが二人いるのですが、子ども達には同じような思いは絶対させたいと心に強く誓っています。

  • 息子がキティちゃんの箸を欲しいと言った時も、分かったよとキティちゃんに決定
  • 娘がおにいちゃんに憧れて、車の服や恐竜の服が欲しいと言った時も、肯定して購入

と、子ども達の思いを第一にしています。

もちろん、機能面や性能で気が付いたことがあれば指摘はしますが、柄や色には一切口出ししないことにしています。

自分は好きに選ばせてもらえなかったので、子ども達には自分で選んで決めるということを存分に楽しんでいきてほしいと思います。

毒親についての本を読んだ感想です。

よかったらシェアしてね!

この記事を書いた人

このブログの運営者。
チョコレートとコーヒーが大好物。

ストウブ鍋や料理本など食に特化した別ブログの「かっぱまキッチン」も運営中。

コメント

コメントする

日本語が含まれない投稿は無視されますのでご注意ください。(スパム対策です)

目次
閉じる