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子ども部屋がない?自分の部屋がない子ども時代を振り返って思うこと

みなさんは子ども時代に自分の部屋はありましたか?

私には自分の部屋はありませんでした。子ども部屋という名の部屋が存在しなかったのです。

この記事では子ども部屋なしにて育った私の子ども時代を振り返りました

目次

なぜ子ども部屋がなかったのか

私は一人っ子です。最初はアパートに父、母、私の3人で住んでいました。うろ覚えながら、間取りは2DKだったような気がします。

実家への引っ越し

そのうちに父方の実家へ引っ越すことになりました。引っ越し後は父方の曾祖母、祖父、祖母、父、母、私の6人暮らしになりました。

子どもながらに父方の曾祖母、祖父、祖母と私の母が折り合いが悪いのはうすうす感じていました。昔ながらの田舎で、3人とも頑固。

子どもの私がとても嫌だったので、きっと母はそれ以上に嫌だったことと思います。
実際、夜に父と母が言い争っているのを何度も見ました。多分、引っ越しのことでもめていたのだと思います。

2階に一部屋しかない

引っ越し先の実家は昔ながらの日本家屋でした。私たちが引っ越すにあたってリフォームするということもなく、そのまま加わったかたちです。

2階には

  • 古い物(いわゆるがらくた、きっと不要な物)が雑多におかれている物置になっている部屋
  • 10畳位の和室(奥はがらくたが詰め込まれている小部屋と物置スペース)

しかありませんでした。

当初は物置スペースを片づけて私の部屋にしてくれるという話があったものの、一向に祖父母たちは片付ける気配もなく、最後まで私には部屋はありませんでした。

父は祖父母の味方で、母と対立するような感じでした。母も、物置を片付けて私の部屋にしてほしいと言ってくれたのですが、どうしても祖父母が実権を握っているんですよね。私も何度も言ったのですが、無理でした。

母と二人部屋になる

1階に

  • 曾祖母の部屋
  • 祖父母の寝室
  • 父の部屋
  • 居間(リビングなんておしゃれなもんじゃない)
  • 台所
  • トイレ、ふろ、洗面所
  • 座敷

曾祖母、祖父母、父には部屋があるのに、私と母は2階に一部屋です。

自分一人の居場所がない

仲良し家族ならまだしも、折り合いの悪い家族が住む家です。

母とは不仲ではありませんでしたが、束縛してくる母に嫌気はありました。

思春期になって母と同じ部屋で過ごすというのは、本当に嫌でした。

自分が一人になれる場所がほしい

とずっと思っていましたが、叶えられることはありませんでした。

自分の部屋がなくて良かったこと

何一つありません。

子どもには自分のスペースが絶対に必要と私は自分の経験から考えます。

場所がないなら、一角を区切って一人だけの空間として作るというのでもいいと思います。

自分の部屋がなくて嫌だったこと

山ほどありますが、大きく分けるとに尽きます。

自由がない

母と共同の部屋で、仕切りもなにもありません。

和室でしたが、私は希望でベッドを置いてもらっていました。母は敷布団です。

私は1階で過ごすことが嫌で、食事以外は2階の部屋にこもっていました。母がいない間は束の間の1人の時間なのですが、母は家事が終わると、2階にやってきます。

母がくるまでは一人なので自由にできますが、母がくるとテレビも自由に見れないし、母が寝ると言ったら電気を消されます。

母が2階にあがってきてからは母に従うしかありませんでした。この辺も束縛ですよね。

本当は夜更かしして、流行りのドラマや歌番組だって見たい。しかし、見ることができないのです。
テレビのチャンネル権や録画権は母が絶対でしたし、バラエティはくだらないと見させてもらえませんでした。

今思うと、服や持ち物に限らず、日常生活において、母にものすごく束縛されていたんだなぁと気付きます。

高校時代に祖父母の家に逃げる

そんな自分の部屋がない時代を経て、高校進学になりました。

祖父母の家からの方が高校に近かったので、実家から逃げる意味で私は祖父母の家から通うことにしました。

母も私が家で過ごすことが嫌なことを分かっていたようで、許可をくれました。

念願の自分の部屋

祖父母の家では、10畳位の一人の部屋を2階にもらい、念願の自分一人の部屋を手に入れました。

自分一人になれる空間があるということは、とても幸せで快適でした。

  • 自分の好きな時に好きなことができる
  • 自分のプライベートな空間がある
  • 自分の好きな時に寝ることができる
  • 友達に電話をするのも自由
  • こっそりメイクの研究も自由

と、今まで抑制されていた分、自分の部屋を得たという自由がとても嬉しかったのを今でも覚えています。

自分の部屋を得たからといって、部屋にこもりきりにはなりませんでした。

祖父母とは良好な関係だったので、居間で過ごす時間もちゃんととっていました。

自分の部屋を与えることで、部屋にこもりきりになるのではないかと思うかもしれませんが、良好な関係であれば、自分の部屋があってもこもりきりになることはないと思います。

高校卒業後

高校卒業後は県外の大学へ進学し、一人暮らしをしました。
大学を卒業した後は地元に戻ったものの、一人暮らしをしました。
そのまま同棲を経て、結婚したので高校時代に実家を出てからは、実家で生活はしていません。

実家など二度と戻らないと決めていました。

自分が親になって

自分の部屋がない子ども時代を過ごした経験から、自分に子どもができたら絶対に子ども部屋を作ってあげようと思っていました。

そして家を建てることになり、狭いながらも二人分の子ども部屋を2階に作りました。

今はまだ子ども達が小さいので、2階の子ども部屋を子ども達が個人で使うことはありませんが、大きくなったらルールを決めて子ども部屋を子ども達にプレゼントしようと思っています。

それぞれの子ども部屋は4.5畳とコンパクトなサイズです。途中で間を仕切るのではなく、最初から個別に作りました。

またの機会に家づくりについても書いていけたらと思います。

まとめ

子ども部屋がなかった私の経験を書き記しました。思い出すと、今でも不満な気持ち、嫌だった気持ちが思い出されます。

私としては自分の部屋が欲しかった。母には祖父母と対立してでも、私に自分の部屋をもらえるように実家で戦ってほしかった。

そんな経験から、私としては子どもにとって自分一人の空間は絶対に必要と考えます。

また、自分と祖父母、父、母との関係を思い出してみると私と家族との関係は良くありませんでした。家族関係が良ければ、自分の部屋がたとえなかったとしても、まだ救われたのかもしれないとは思います。

振り返ってみると、子ども部屋がないことよりも家族関係が良くなかったことが問題だったのかもしれません

でも、自分の部屋は欲しかった。

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この記事を書いた人

このブログの運営者。
チョコレートとコーヒーが大好物。

ストウブ鍋や料理本など食に特化した別ブログの「かっぱまキッチン」も運営中。

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